第21巻は、スパルタ王レオニダスと太陽神アポロンの死闘がついに決着する一方で、ラグナロクそのものの“裏側”が静かに浮かび上がる巻だ。
英雄と神の美学が真正面からぶつかる戦いの余韻、そしてオーディンを中心にうごめく不穏な気配。
次なる第10回戦への助走でありながら、物語の核心に一歩踏み込んだ、非常に情報量の多い一冊となっている。
21巻の収録話と内容紹介
21巻は第83話~第86話を収録。
第83話
レオニダスVSアポロンの戦いがついに決着を迎える。
アルテミスの月影によって顕現した女神像、光を物質化した不可視の矢――アポロンは“至高の技”を解き放つが、レオニダスは本能のみでそれを弾き返す。
盾と弓、互いの誇りを賭けた最終局面の末、勝利を収めたのはアポロンだった。
第84話
戦後の描写が中心となる。
傷を“魂を焦がして闘った証”として誇るアポロンと、敗れてなおスパルタの誇りを胸に刻む兵たち。
この戦いに触発された沖田総司が次戦への出場を志願し、人類側は後がない状況で第10回戦へと進む。
一方の神側は、アヌビスを押しのけスサノヲノミコトが出場濃厚。
第85話
ロキがブリュンヒルデに接触し、意味深な提案を持ちかける。
さらに釈迦が“名探偵”さながらにジークフリートとオーディンの関係を推理。
そこへベルゼブブが乱入し、「原初神の復活」という不穏な言葉が飛び出す。
第86話
第10回戦の舞台が発表。
幕末・京都を再現した闘技場で、スサノヲノミコトVS沖田総司がついに顔合わせ。
戦いは次巻へと持ち越される。
登場人物の動き・印象
最後まで“受けて立つ”姿勢を崩さず、敗北の中にスパルタの誇りを刻みつけた。
散り際の言葉は、彼が最期まで王であり続けたことを強く印象づける。
戦いに心を揺さぶられ、自ら志願する形で前に出る。
「思う存分闘って散りたかった」という言葉に、彼の覚悟と美学が滲む。
ロキの甘い提案を拒絶し、人類全体の未来を選ぶ。
その裏にあるジークフリートへの想いが、より強く示唆される巻でもある。
美の神としての傲慢さだけでなく、闘いを愛し、相手を認める戦士の顔を見せた。
勝利後も傷を癒さない姿勢が、彼なりの敬意を物語っている。
相手が沖田総司だと知ると、出番だったアヌビスを押しのけ強引に出場。並々ならぬ剣への想いが感じられる。強引な出場は2巻のゼウスを彷彿とさせる。
明確な答えは出ないが、ラグナロクの裏で何かが進行していることだけは確実に示された。
※この答えは24巻で明らかになります。
21巻の見どころ・印象に残った展開
第21巻の見どころは、大迫力の決着と同時に、“物語の裏側”が急に騒がしくなり始めた点にある。
バトルと考察、その両輪が一気に加速する巻だ。
弓矢VS盾、神と英雄の最終局面
不可視の矢という理不尽な攻撃を、本能だけで弾き返すレオニダス。
視えないものを“感じて防ぐ”という描写が、彼の戦士としての完成度を雄弁に物語る。
一方、己が矢となって突撃するアポロンの選択も、神の美学として非常に印象的だ。
敗北の中に刻まれるスパルタの誇り
勝敗が決した後も、レオニダスとスパルタ兵たちの誇りは折れない。
「ちゃんと見てたか」という最期の言葉は、読者にも突き刺さる名シーンだ。
名探偵・釈迦の推理とベルゼブブの乱入
ジークフリート幽閉の理由、ブリュンヒルデの真意、そしてオーディンの沈黙。
釈迦の軽妙な語り口とは裏腹に、語られる内容は極めて核心的だ。
ベルゼブブの「原初神」というワードが、物語を一段深い領域へ引きずり込む。
※原初神については24巻で詳細に明かされます。
スサノヲVS沖田、最高の舞台装置
幕末・京都を完全再現した闘技場という時点で、次巻への期待値は跳ね上がる。
“神斬り”と“人斬り”――肩書きだけでワクワクさせるカードだ。
21巻全体のテーマ・考察
この巻で強く感じるのは、ラグナロクがもはや単なる「13番勝負」ではないという点だ。少なくとも人類が7勝6敗で勝利して”めでたしめでたし”という展開ではなさそう。
オーディンは何を恐れ、何を成そうとしているのか。
ジークフリートの存在、原初神復活の可能性――これらはすべて、人類と神の戦いを超えた“大きな目的”を示唆している。
ブリュンヒルデが戦い続ける理由も、徐々に輪郭を帯び始めた。
彼女の選択が、どこへ向かうのか。ラグナロクの本当の終着点が、少しだけ見えた巻と言える。
まとめ
第21巻は、バトルの決着としても、物語の転換点としても非常に濃密な一冊だった。
レオニダスVSアポロンという名勝負の余韻を残しつつ、読者の視線は自然と“裏で糸を引く者たち”へ向けられる。
そして次巻はいよいよ、スサノヲノミコトVS沖田総司。
舞台、因縁、覚悟――すべてが整った第10回戦が、どんな血と思想をぶつけ合うのか。
静かな助走を終え、物語は再び全力疾走へと入っていく。


